寅年双子座の日々

That is not the way things go. そうは問屋がおろさない、そんな日々を愛と皮肉をもって

私の原罪かもしれない。

私はおおよそ普通の家庭で育ったと思う。

公務員の父、専業主婦の母。

少し不便な新興住宅地の一戸建て。

3人兄弟の中間子。

 

兄は長い事引きこもりではあったけど、辛うじて高校は卒業し、40を過ぎた今は貧乏ながらも自立している。

 

妹は、乳幼児の時に大怪我をした。

おそらく死んでしまうかと言うほどの。

しかし、生還した。大波乱の人生の幕開けだ。

結局1980年代の輸血治療をせざるを得ず、20数年後にはC型肝炎に感染していた事がわかる。

だがそれさえも、インターフェロン治療で快方に向かう。

更に、彼女を乳ガンが襲う。

片側の乳房を切除し、抗ガン剤治療、放射線治療をし、現在3年目くらいだろうか。

あまりに病歴がすごくて恐れ入るが、これで二児の母、さらに現在38歳である。

 

私はこんな兄弟に囲まれ、かつごくごく普通の人間だ。

普通の高校を卒業し、普通の大学を卒業し、逮捕歴もなく、普通にボランティアに参加し、就職氷河期だったので、派遣社員を30過ぎまでした後、正社員になり、年収は30代終わりには600万程もらっていた。

振り向かれる程の美人ではないが、そこそこ男性にはモテたので、彼氏に不自由したことはない。

イケメンは苦手なので、相手も容姿がそこそこで、誠実な人達と長くつきあった。

私も彼らを愛した。けれど常にひとところに落ち着く気が無かった。と、いうかそんな気がしなかった。

家庭とか、漠然とあり得ないと思っていた。

結婚も憧れないし、出産にも憧れはない。

日々新しいことが起きれば良いと思っていた。

日々劇的な変化を待ち望んでいた。

実際、プロポーズも複数回されたことがある。だいたい、バツイチだし。

そんなに普通なのに、普通でないこともある。罪が深すぎて、実際本当に私以外には知らないこと。

今考えると恐ろしい事だが、その刹那刹那はそれしかないと判断した。

後悔はしていないが、現在母となってみて、何故あんなにも家庭を否定したのか、そしてその否定感は治っていないのではないのか、大変な不安を感じる。

 

ところが、昨日その家庭への否定がやはり多くの心理学書籍で書かれてきたように、自分の育った、フツーの家庭の環境から生まれて来たのだと実感する事件が起きた。

 

今更親を責めるつもりはない。

もしかしたら、これこそ持って生まれた原罪というものなのかもしれない。

私に与えられたのは無条件の愛ではなかった。

理論的で合理的な、愛だったのだ。